谷山榮介の歴史

海軍工廠 斉藤実(首相) 谷山榮介
1865年 横浜製鉄所
(江戸幕府)
1866年 横須賀製鉄所
(江戸幕府)
1858年 斉藤実誕生 1882年 東京職工学校(現東工大,蔵前高工とも言われる)できる.
後藤合金創業社長の後藤潤五(1888年生,1907年蔵前高工入学)より学校の先輩なので,1888年以前生まれである.
1900年以前? 東京職工学校(現東工大)卒業 .
1903年
明治政府になり,横須賀製鉄所が横須賀海軍工廠となる
1914年〜1918年
第1次世界大戦
1903年〜1914年 海軍大臣

横須賀海軍工廠に奉職.

1916年2月,9月 ロンドンから斉藤実あて書簡(銑鉄等買い付けに行くが入手できない,zeppelinが空襲にくる)

    1920年代 横須賀海軍工廠鋳物工場長就任
後藤潤五が銅合金鋳物の実習を行う.蔵前高工(現東工大)の先輩である谷山榮介が工場長として指導した.
1924年 論文
 谷山榮介;”砲金及び燐青銅鑄物加熱實驗”,鐵と鋼(日本鐡鋼協會々誌), 10,7(1924),pp.462-471.
 谷山榮介;”遠心力應用鑄造法”,鐵と鋼(日本鐡鋼協會々誌), 10,12(1924),pp.802-814.
  1932年〜34年 内閣総理大臣 1930年 日本鋳造工学会にて講演 横浜船渠(株)谷山榮介
”合金の熔解並に鑄造温度に就て” , 關東鑄物懇話會誌(日本鋳造工学会),2,1(1930),pp.12-22.
  1936年 226事件により死没  
1941年〜45年
第2次世界大戦
   
1945年
横須賀海軍工廠が横須賀海軍施設(米軍横須賀基地)となる
   
    1948年〜53年 後藤合金技術顧問就任
後藤合金(2代目社長)後藤正夫,小林鋳造,森島工場の3社を指導する.週1回講義.指導書が発見された.
「一平凡人の生涯」 (株)後藤合金創業社長 後藤潤五著 より引用